初夏の吉野山をお散歩

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いつも頭の片隅にあった吉野山の桜

吉野山の桜、いつか見に行ってみたいなと思っていたので、大台ヶ原山へ向かう途中に「吉野・大峯」の道案内が出てきたのが気になっていました。登山というかハイキングを終えて、まだ少し時間がありそうだということで、せっかくなので初夏の吉野山に立ち寄って見ることにしました。

金峰山寺本堂(蔵王堂)

最初の写真はこの一帯への入口になっている黒門。ここから多くの寺院が立ち並ぶ参詣道が続いていて、思ったよりもこれが長い。正直桜のイメージだけがあって吉野にやってきたこともあって、ここが修験道の中心地であり多くの寺院があるということがすっぽり抜け落ちていて、いい意味で新鮮。

参詣道の途中で、法螺貝が並んだショーケースが目に入る、これは田中陽希さんの三百名山人力踏破の際に法螺貝を購入していた時に見た気が。後で調べてみるとやはりその通りで、山伏修行の用品を扱うここ車田商店さんで購入されていたようです。

吉水神社

日本最古の書院建築が残る吉水神社。もともとは修験道の開祖でもある役行者が 682年に「吉水院」という寺院として創立したもの。

ここまでの道では桜がどういう雰囲気で山を覆っているのかのイメージがわかなかったのですが、ここ一目千本では写真が飾られていたこともあって、ここから見えている山の多くが桜で覆われる様は想像するにすごそうだと感じられました。

ここ吉水神社の参拝作法がすごく独特で「二礼十七拍手一拝」というもので、十七拍手は4回の拍手をひとかたまりに、それを4回行って最後に1回叩く形。ほかでは見たことがなく、なぜこのような形を取っているかというと、古事記に登場する最初の神様からイザナギ・イザナミまでの十七神のはじまりの神様への拝謝を表すためなのだとか。

義経と静御前、弁慶の一行は頼朝の追ってから逃れてここ吉水院に隠れ、ここ潜居の間で最後の時を過ごしたのだそう。また、後醍醐天皇については、今日の花山院から皇居とすべき地を求められた折に、当時の吉水院の僧侶が吉野全山の衆を説得して天皇を迎えたことで、南朝の歴史はここ吉水院から始まったという場所。

迫力ある役行者の像は、お遍路さんをやっていた時にも何度か目にしたことがあって、どことなく懐かしい感じが。

如意輪寺

時間がもう少しあるので、少し離れてはいるけれど如意輪寺まで歩いてみることにしました。

如意輪寺は醍醐天皇が帰依した日蔵道賢上人によって創建された寺で、後醍醐天皇がその後足利尊氏との闘いによって京都から吉野に行幸した際にこの寺を勅願寺と定めたという歴史を持つお寺。参詣道からは少し離れているせいか(あるいは既に夕方遅い時間だったせいかも)人も少なく静かななかで拝観出来ました。

八十吉のくずきり

だいぶ歩いて疲れたので、八十吉というくずきりが有名なお店で一休み。つるつるとした食感のくずきりをたっぷりの黒蜜につけていただく、抹茶や冷たいほうじ茶とも相性バツグンで美味しかったな。

脳天大神

国宝に指定される金峰山寺の蔵王堂をお参りした際に、案内に「脳天大神 龍王院」とあり「首から上の守り神で頭の病気や学業成就などの願い事を叶えてくださる」というのが気になっていました。如意輪寺からの帰り道、まだ時間が取れそうだということで出向いてみました。

蔵王堂から階段をひたすら降りていくこと数百段、ようやく到着したのが川沿いにひっそりと建てられた脳天大神 龍王院。ボケないように、また首より上の怪我などが無いようにしっかりお祈りしてきました。

初夏のこの時期は人も少なく寺院をのんびり巡るにはぴったりかもしれないと思ったけれど、やはり桜の時期に一度来てみたいなとも。ただ、参詣道は狭くかなりの坂道でもあり、あれだけの景色であれば相当多くの人が来るだろうから、混雑で大変なことになりそうだなと言うのも容易に想像ができて、桜の時期どうかな…っていう印象も持ちました。

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