調和しない感じ – 映画「悪は存在しない」を観て

日々のつれづれ

随分と久しぶりに映画を観た気がする、観た映画は濱口竜介監督の「悪は存在しない」。美しい高原の町に、役所の補助金を狙って芸能事務所がわりとずさんな計画でグランピング施設を作るという話が持ち上がり、心配する町の人々と社長の言い分に挟まれて苦しむ芸能事務所の担当者たちと主人公の親子の間のやり取りを中心にしたストーリー。

話の流れは割とシンプルで、一見すると芸能事務所 = 悪みたいな話になりがちなところではあるけれど、映画は始まりからなんとも言えない不穏な空気感を漂わせていて、町の人にしても担当者たちにしても、それぞれに複雑な事情を抱えていて、単純に善悪で分けられないところがある。また、映画のラストは、どう解釈すればよいのかわからないような終わり方をしていて、かつキャストロールもめちゃくちゃ短くて、「えっ今の何?」みたいな状態で映画館を放り出されてしまいなんとも不思議な気持ちになった映画でした。

映画の最初に、この映画は GIFT というライブパフォーマンス用の映像を撮影する中で、同時に生まれた映画だという話が紹介されていたのを思い出して、このなんとも言えない不思議な違和感を残す映画がどう作られたのかが気になってパンフレットを買って読んでみました。

パンフレットの最初に、濱口監督が「奇妙で楽しい旅」と題した文章を寄せているのですが、これがちょっと面白いというか、映画全編に感じた調和しない感じの根っこにあるのかなと感じた話でした。GIFT と 悪は存在しない は、キャストやスタッフのそれぞれの仕事が持ち寄られて、混ぜ返される実験場のような場で、その中で生まれる偶然をいくつか捕まえて出来たラインがそのまま物語になったと表現されていて、その具体的な話がパンフレットでは色々と紹介されています。こういう予定調和では無いところから生み出された映像であることに加えて、ストーリーとしても勧善懲悪みたいなシンプルなものではなく、「悪は存在しない」というタイトルを考えさせられるものになっていて、そこも整理されないというか調和しない現実がある。こういうのって、考えてみると仕事や私生活でも当たり前に存在していることで、それがまたすごく面白いんだなと。まぁ、そういう状況だからこそ、映画にはシンプルなわかりやすいものを観に行ってスッキリするっていうのもあるのだろうけど、個人的にはこういう独特な余韻を残す映画って好き。

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